最高裁判所第一小法廷 昭和60年(行ツ)120号 判決 1991年1月17日
上告人 株式会社ユタカコンサルタント
被上告人 日立電線株式会社
被上告人 株式会社安田製作所
右当事者間の東京高等裁判所昭和55年(行ケ)第300号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和60年3月27日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあり、被上告人らは上告棄却の判決を求めた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人田倉整、同恩田博宣の上告理由補充書記載の上告理由について
原審の確定したところによれば、特許第841339号の特許権は被上告人らの共有に係るところ、上告人が、右特許に係る明細書の特許請求の範囲第二項に記載された発明(以下「本件発明」という。)の特許(以下「本件特許」という。)の無効審判請求(特許庁昭和53年審判第14647号事件)をしたのに対し、特許庁は、昭和55年8月30日、本件特許は無効とする、との審決(以下「本件審決」という。)をしたというのである。本件審決の取消しを求める本訴において、原審は、特許第841339号発明の明細書について特許請求の範囲第二項の記載が、特許庁昭和55年審判第19182号事件の審決(以下「本件訂正審決」という。)により、「架台とこの架台に回転自在に取付けられた延線輪と該延線輪に適当回数巻付けられた無端チエーンとよりなる延線装置においてチエーン本件には、送電線が嵌合する側にV字状の溝を形成せしめた耐摩耗性の弾性物質を設けてなることを特徴とする送電線用延線装置」と訂正されて、特許請求の範囲が減縮されたことを基礎とし、本件審決には、本件発明の要旨の認定を誤つた違法があるなどとしてこれを取り消した。
ところで、上告代理人提出の特許庁昭和58年審判第25878号事件の審決謄本及び本件記録によれば、本件発明については、上告人の訂正無効審判請求に基づき、原審口頭弁論終結後の平成2年4月12日、本件訂正審決による訂正を無効とする旨の審決がなされ、同年7月4日、その審決謄本が上告人及び被上告人らに送達され、右審決に対する訴えが提起されることなく特許法一七八条三項所定の期間が経過したことが認められる。
そうすると、原判決の基礎となつた行政処分が後の行政処分により変更されたことになるから、原判決には民訴法四二〇条一項八号所定の事由が存する。そこで、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背が原判決にあつたものとしてこれを破棄し、更に審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すのが相当である。
よつて、上告代理人その余の上告理由についての判断を省略し、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橋元四郎平 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巖 裁判官 大堀誠一)
(昭和60年(行ツ)第120号 上告人 株式会社ユタカコンサルタント)
上告代理人川島和男、同恩田博宣の上告理由
一、原審判決は本件特許無効認容審決を取り消したものであるが、その理由とするところは、右の無効認容審決後に訂正認容審決が出されたという点にある。
しかし、右訂正認容審決の判断内容は無効認容審決の判断内容と全く正反対である。
すなわち、行政庁である特許庁の判断は前の判断を示した行政処分を取り消すことなく、これと正反対の判断を内容とする行政処分をしたことになり、後になされた行政処分は違法であるといわなければならない。
従つて、違法な行政処分が後になされたことを理由として前になされた行政処分を取り消すことは違法である。
原審判決は、違法な訂正認容審決を前提としてさきになされた無効認容審決を取り消したのは、手続的に違法であるといわなければならない。
すなわち、事の順序として、前の特許無効認容審決が何らかの違法事由を有する場合には、その事由を理由として取り消されることになるが、このような前の審決の取消が確定した場合にはじめて訂正認容審決が出されるべきであつて、無効認容審決後に訂正認容審決が出されたことを理由として、正反対の判断を示すことは許されるべきではない。
以下これを本件について詳述する。
二、本件特許出願から訂正無効排斥審決までの経過を説明すると次のとおりである。
昭和45年3月26日
特許出願 特願昭45-25428
発明の名称 「線条体の延線方法及びその延線装置」
出願人 日立電線株式会社(本訴被上告人の一人)
昭和51年3月15日
出願公告 特公昭51-8197
昭和52年1月28日
特許権の設定の登録 特許第841339号
特許権者 日立電線株式会社(本訴被上告人の一人)
昭和52年8月8日
特許権の一部移転登録
株式会社安田製作所(本訴被上告人の一人)が本件特許権の共有者となる。
昭和53年6月29日
差止・損害賠償請求訴訟提起
東京地方裁判所 昭和53年(ワ)第6272号
原告 株式会社安田製作所(本訴被上告人の一人)
被告 株式会社ユタカコンサルタント(本訴上告人)
昭和53年9月26日
特許無効審判請求
審判昭53-14647号
請求人 株式会社ユタカコンサルタント(本訴上告人)
被請求人 日立電線株式会社 株式会社安田製作所(以上本訴被上告人)
昭和55年8月20日
特許無効認容審決
審判昭53-14647号
(本件特許請求の範囲第二番目に記載の発明の特許は無効とする)
昭和55年10月8日
無効審決取消訴訟提起
東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)第三〇〇号
原告 日立電線株式会社 株式会社安田製作所(以上本訴被上告人)
被告 株式会社ユタカコンサルタント(本訴上告人)
昭和55年10月27日
訂正審判請求
審判昭55-19182号
請求人 日立電線株式会社
株式会社安田製作所(以上本訴被上告人)
昭和57年7月24日
特許審判請求公告第522号
審判昭55-19182号
昭和57年8月30日
訂正異議申立
申立人 株式会社ユタカコンサルタント(本訴上告人)
昭和58年9月27日
<1>訂正異議の決定
(本件訂正異議の申立は、理由がないものとする)
<2>訂正認容審決
審判昭55-19182号
(本件特許の明細書を訂正明細書のとおりに訂正することを認める)
昭和58年12月22日
訂正無効審判請求
審判昭58-25878号
請求人 株式会社ユタカコンサルタント(本訴上告人)
被請求人 日立電線株式会社 株式会社安田製作所(以上本訴被上告人)
昭和60年1月7日
訂正無効排斥審決
審判昭58-25878号
昭和60年3月12日
訂正無効排斥審決取消訴訟提起
原告 株式会社ユタカコンサルタント(本訴上告人)
被告 日立電線株式会社 株式会社安田製作所(以上本訴被上告人)
昭和60年3月27日
無効認容審決取消判決
昭和55年(行ケ)第300号
現在右判決につき本件上告中
三、ところで無効認容審決に示された判断と訂正認容審決に示された判断とは両者間において明らかに正反対の見解が示されている。
<1> 無効認容審決は「線条体」のうちの「送電線」についての延線装置を対象として出されたものである(審判昭53-14647号)。
すなわち、該審決は、まず本件発明の線状体を「具体的には送電線」であると(三丁表六行)認定し、
「延線装置における溝は、送電線がこの部分を通過する際に損傷を与えないものであるとともにそのものが耐久性を備えたものである必要があることは当然の要件と認められ」(三丁表一四ないし一七行)と述べたうえで、耐摩耗性弾性物質に推考力がないと認定し、
「延線装置は送電線の架設の際に適当な張力を与えるためにその繰出し側に設けられ、該装置の溝に送電線を数回巻きつけることにより両者の当接部分に生ずる摩擦力によつて、該張力を与えるものであるが」(三丁裏一〇ないし一四行)と延線装置なるものを送電線延線装置と定義付けしたうえで、V字状溝に推考力がないと認定している。
従つて、該審決は本件発明が送電線にかかるものであることを認識したうえで、各引用例からの容易推考性を判断している。
<2> なお、該審決はV字状溝に推考力がない根拠として、本件甲第九号証等を送電線との相違について言及することなく引用しているが(三丁裏一四行ないし四丁表四行)、これは一般の伝動装置においてV字状による摩擦力増強効果が周知であることに鑑み、周知技術(摩擦力増強技術)の送電線延線装置への単なる転用を認定したものと判断される。前記のとおり延線装置を送電線延線装置と定義付けしているからである。
また、該審決は本件特許の明細書中に記載された作用効果につき、「溝の構成材料を耐摩耗性の弾性物質とし、かつその形状をV字状にしたことにより格別の作用効果(相乗効果)を奏するものとは、明細書の記載からは認められない」(四丁表四ないし八行)と述べているが、これは明細書記載の作用効果を無視したのではなく送電線延線装置として容易に予測しうる効果にすぎないこと(いわゆる効果の非予測性の欠如)を認定したものと判断すべきである。明細書記載の巻付回数の減少、複数本同時延線等の作用効果がV字状溝を採用したことのみによる当然の効果(すなわち非相乗効果)にとどまるからである。審決が「格別の作用効果」をかつこ書によつて相乗効果としていることからも、そう判断すべきである。
従つて、審決が本件発明は送電線の延線装置であるということを前提に出されたものであることに疑いはない。
<3> ところがその後、「線条体」を「送電線」と訂正することを認容する審決が出された(審判昭55-19182号)。かかる訂正認容は訂正後の発明の独立特許性すなわち進歩性を認めるものに他ならないから、無効認容審決と矛盾する判断である。
無効認容審決における判断は維持されるべきであつた。無効認容審決が取り消されない限り、訂正認容審決は出されるべきではなかつた。
四、以上のように、もともと同一の判断事項について、行政庁の行政処分として相反する見解を示すことは許されず、前の見解を改めてから後の見解を示すか、あるいは後の見解を改めて前の見解に同調するかの何れかの選択がなされるほかはないのであつて、原審判決は、この両者間の矛盾をそのまま放置し、これを判決の前提事実としている点において、明らかに違法な判断と言わなければならない。
言うまでもなく、形式的に判断をすれば、無効認容審決を受けた権利者が審決後に訂正を求めて審判請求をすることは常套手段の一つである。
しかし、訂正を求めることに急な余り、無効認容審決を無視し、あるいはこれと矛盾する判断を示して良いということにはならないのであつて、このことは行政処分をなす行政庁である特許庁としても法令を遵守する公的責任を追う立場から言っても当然のことである。
まして、高等裁判所としては、両者間に矛盾がある場合に、このことを前提として違法を内包する点を放置したまま無効認容審決を取り消す判決をすることは許されるべきではない。
よつて、原審判決を破毀し、東京高等裁判所に再審理のため差戻をなす判決あつて然るべきである。
以上
(昭和60年(行ツ)第120号 上告人 株式会社ユタカコンサルタント)
上告代理人田倉整、同恩田博宣の上告理由補充書記載の上告理由
一 事件の経緯について
本件に関しては、以下の通りの手続上の経緯があるので要点のみを略述する。
(一) 被上告人は上告人に対し、東京地方裁判所に昭和53年(ワ)第6272号をもつて本件特許第841339号「送電線延線方法及びその延線装置」に基づく、侵害訴訟を提起した。
(二) 上告人はこれに対し、特許庁昭和53年審判第14647号をもつて、本件特許無効審判請求をしたところ、特許庁は昭和55年8月30日をもつて無効認容審決を発した。
(三) 東京地方裁判所は、そのころ、前記侵害訴訟手続きを中止する決定を発した。
(四) 被上告人は前記特許無効認容審決について、東京高等裁判所昭和55年(行ケ)第300号をもつて不服申立をするとともに、他方特許庁へ昭和55年年審判第19182号をもつて訂正審判を請求した。
(五) 特許庁は昭和58年9月27日訂正認容審決を発したので、上告人は、この訂正認容審決について、昭和58年審判第25878号訂正無効審判を請求したところ、特許庁は昭和60年1月7日訂正無効排斥審決を発した。
そこで、上告人は右訂正無効排斥審決につき、東京高等裁判所に不服申立の訴、昭和60年(行ケ)第37号を提起した。
(六) 他方、東京高等裁判所は昭和60年3月27日判決をもつて、さきの無効認容審決を取り消したが、上告人はこれに対し、昭和60年(行ツ)第120号を御庁に提起した。
(七) ところで、さきの訂正無効排斥審決について東京高等裁判所は上告人の主張を容れ、昭和63年6月15日判決をもつて審決取消を命じた。
これについての不服の上告は御庁昭和63年(行ツ)第139号として御庁に係属したが、平成元年6月15日上告棄却の判決によつて審決取消の判決は確定し、本件は特許庁の処理委ねられた。
同時に、御庁は同じ平成元年6月15日付をもつて、前記無効認容審決を取り消した東京高等裁判所判決についての上告事件の訴訟手続を前記特許庁へ戻された訂正無効審判手続が確定するまで中止する旨の決定を出した。
(八) その後、特許庁は前記訂正無効審判手続について平成2年4月12日付審決をもつて、訂正無効認容審決を発し、この審決書謄本は平成2年6月19日付の認証を経て、その頃発送され、上告人代理弁理士恩田博宣には平成2年7月4日に送達された。
二 以上の経緯によつて明らかなように、本件の原審判決は、すでにその判決の根拠を失つている。
すなわち、原審判決は本件特許無効認容審決を取消したものであるが、その理由は訂正認容審決によつて、訂正前の発明から訂正後の発明に訂正され、訂正後の発明について何ら審理されていないというにある。
しかし、取消の根拠となつた訂正認容審決は、訂正無効認容審決の確定によつて、訂正はなかつたものとされ、原審判決の理由とする根拠はすべて消滅した。
右は原判決につき民事訴訟法第四二〇条第一項第八号所定の再審事由に該当する違法事由があることが確定したことに帰する。
三 そこで、上告人は、本件について上告理由書提出期間内に上告理由書を提出しているが、右上告理由書提出期間後である平成2年8月8日に、さきの訂正無効認容審決確定の事実を了知したので、本日、上告理由補充書を提出するとともに本件上告理由書提出期間を本書面提出の日まで伸長する決定の発令を上申した。
四 よつて、上告理由書提出期間伸長決定を得たうえ、本件上告理由補充書に基づく上告人の主張によつて、原審判決を破棄し、東京高等裁判所へ差戻す旨の判決を頂きたく上申する次第である。
以上
(添付書類省略)